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特にネタはないけれど。

ブログを書きましょう。

オリンピックが終わったわけだけど。これで次は東京だ!と思うのはいいのだけど、パラリンピックが忘れられてると思うのが普通じゃないかな?

オリンピックの事前番組が少なかったことから想像してたけど、応援しようにもどんな選手がいるかみんな知らなかったんじゃないかな?感情移入しにくかったと思う。

だから、メダルとった選手しかクローズアップされない現状は、報道の仕方に問題がある。

思考の整理にブログを書く

という方法がある。

プログラミングのバグをとる際も、同様の方法が使えるらしい。口頭でいいみたいだけど。

自分みたいに、支離滅裂なブログを書く場合は適用されるのだろうか。

 

たぶんで思考をまとめる練習をすることで、より論理的な文章を書くようにカスタマイズすることはできるだろう。いまだコツが掴めないのだけど。

イッチョカミ体質は改善する必要がある。

戦争について

戦争ってヤだね。いったい誰が始めるのか。

富って概念があるのが、いかんのではないか。足るを知るで止めることを、みんながすれば戦争はなくなるだろうけど、競争するのが得意な人は止められないだろうね。

思想を実行しようとすると、抵抗勢力が出てくる。思想と思想のぶつかり合いが、ろくなことにならないのは、ネットをみていても分かる。だからって、相手を殺してもいいってのは、命が軽いのだけど。

小さなところからいうと、イジメだとか。そういうのが大きくなって、戦争へと繋がると思う。小さい時に処理しないと、こじれると大きくなる。

リソースの奪い合いが、戦争の根幹か。土地とか、思い入れがあるので、一つの土地にふたりがどうしても住みたいとなったら、そりゃ殴り合いにもなるさ。それをわかちあうのは難しい。シェアハウスってわけにもすぐにはいかないだろう。

複利、というのが発明としているが、それは本当にいいものだろうか。お金が無限に増えるわけでなし、金利だけ、制限なく増えるのはどうなんだろう。リソースの割合に合っているのだろうか。

話がずれてるな。

戦争が悲惨なものであるのは確か。だから止めよう、というのは交通事故は悲惨だから車に乗るのは止めよう、くらいの難しさ。暴力にうったえる人がいると、すぐに破綻するものだから。自動運転が普及すれば、事故はなくなる、だから戦争もいずれなくなる、くらいは言えるかも。

政治的な要素を、コンピューターに任せることができるようになれば、良いのだけど。

もちろん、コンピューターの判断に、人はすぐには適応できないかもしれないけど、まずは会社の運営とか、小さく始めて、実績を積めば、政治にもコンピューターが使われるようになるはず。人工知能ね。

それにはどれくらいかかるのか。

空気を読む(UTAU的な意味で)

音楽の話ね。

ブレスひとつ入れるのも、どれくらいが適当か、なんてのを判断しなきゃいけない。

全力で空気吸ってる音がして、笑いながら修正したりするんだよね。

 

UTAUは、ちょっとやっては放置、放置、放置の連続で、ようやく扱い方が分かってきたところです。何年がかりなのか。

触ってみて違和感があると放置してたので、思い通りにいかないと触らない、というやり方で、いわばワガママだったのだけど、

聞いてみたい声で、ある曲を聞いてみたいと思ったら、自分でやるしかないんですよね。でも下手だからムカつかないか心配。また放置するかも。

シンゴジラ見た。

どうしても見たくなる、ネットの反応だったのでみました。

ゴジラ、ね。やっぱ被害のほうに目が行くんですよね。

瓦礫の下に足が見えるのとか、逃げ遅れるシーンだとか。その辺、怪獣映画に慣れていない自分のピュアさがでているような。

会議ばかりという話だったけど、そんな印象に残らなかったような。

家への帰り道に、頭上をゴジラのしっぽが横切るんじゃないかと考えたりした。

まあ、その辺は、燃えよドラゴンを見た後全員がブルース・リーになって出てきた時代と一緒でしょう。

まあ、残業続きのシーンは、日本ならではって気がして、こういうのが常態化しているってのを他国は知っているんだろうかって思ったり。

肝心のことを話していないような。

ネタバレしたいなら、ニコニコ大百科のシンゴジラのほうで、関連タグを調べてみるといいかも。

ああ、カタルシスがないって話があるな。それはなくて当然。3.11にカタルシスなんてないし。

現実はどう対処するか、しかないからね。災害は後手に後手にとくるけれど。

そうだな、どうしても、3.11とくらべられるんだよね。

あの時、もし、という現実とは違う対処がありえたなら、と考えるのはあり。考えるのは自由だからね。

勇猛な人材が自衛隊にいるのは、みんななんとなく知っている。じゃあ、優秀な人材は霞が関にいるか?という疑問がたつのだが。中の人じゃないと詳細は分からない。あのような、会議は、現実に起こりえそうで、これを怖いとみるか、頼もしいとみるか。

シンゴジラの最後に納得言っているかというと、うーん、答えが安易に出せないってのがいい回答ってこともあるよね?と逃げ道。

頭の体操

ブログにはそういう効果があると思っている。

そういえば、夢を見ていると、起きているときには絶対に思いつかないような設定だとか、ストーリーがあったりする。どうやって考えているのか気になる。

ブログは、現実を切り売りする商売だ、と誰かがいっていた。続けるほどに、現実のほうに侵食していく、というのは分からないでもない。

ただ、ボクの場合はけっこうなラインで線引をしているので、そんなことにはならないだろう。経験を記事にすることが少ないのだ。

例えば、あることをしたのだが、類推することが可能だ、という結論にいたればそれを記事にまでしない。かなりの恥ずかしがり屋なのだ。

今日はすごい日

そう思える日が每日続くといいんですけどね。

イワシがつちからはえてくるんだの音MADをたくさん聞いてます。

名曲からどうしてこんなものが生まれるのか不思議ですが、原曲の不思議さにはかないません。

とはいえ、今日中にブログを更新するぞ、と思っている自分にとっては、あまり重要ではないような。

イチロー3000本安打のお言葉、と何気に混ざっていると不謹慎なのでやめておきます。

今日の眠さは言葉では表せません。お言葉を聞くためにスタンバっていたのに、寝過ごした、といえば雰囲気は伝わるでしょうか。

努力型の人、という言い方が正しいかは分かりませんが仕事に使命感をもってあたっている人は尊敬できますね。

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