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ボカロとマイクラが好きな、聴くブログ

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戦争について

戦争ってヤだね。いったい誰が始めるのか。

富って概念があるのが、いかんのではないか。足るを知るで止めることを、みんながすれば戦争はなくなるだろうけど、競争するのが得意な人は止められないだろうね。

思想を実行しようとすると、抵抗勢力が出てくる。思想と思想のぶつかり合いが、ろくなことにならないのは、ネットをみていても分かる。だからって、相手を殺してもいいってのは、命が軽いのだけど。

小さなところからいうと、イジメだとか。そういうのが大きくなって、戦争へと繋がると思う。小さい時に処理しないと、こじれると大きくなる。

リソースの奪い合いが、戦争の根幹か。土地とか、思い入れがあるので、一つの土地にふたりがどうしても住みたいとなったら、そりゃ殴り合いにもなるさ。それをわかちあうのは難しい。シェアハウスってわけにもすぐにはいかないだろう。

複利、というのが発明としているが、それは本当にいいものだろうか。お金が無限に増えるわけでなし、金利だけ、制限なく増えるのはどうなんだろう。リソースの割合に合っているのだろうか。

話がずれてるな。

戦争が悲惨なものであるのは確か。だから止めよう、というのは交通事故は悲惨だから車に乗るのは止めよう、くらいの難しさ。暴力にうったえる人がいると、すぐに破綻するものだから。自動運転が普及すれば、事故はなくなる、だから戦争もいずれなくなる、くらいは言えるかも。

政治的な要素を、コンピューターに任せることができるようになれば、良いのだけど。

もちろん、コンピューターの判断に、人はすぐには適応できないかもしれないけど、まずは会社の運営とか、小さく始めて、実績を積めば、政治にもコンピューターが使われるようになるはず。人工知能ね。

それにはどれくらいかかるのか。

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