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知恵の出し方であれこれ悩んでみる

今日のボカロ一曲。一番好きな曲。

 

買った本が思惑と違っていても、返品できないのが電子書籍の辛いところ。快適さとトレードオフになってるということね。あるいは、知識がついていってないだけだけど。

アマゾン以外のサイトだったけど、アマゾンのアカウントで入れたのは謎。でもクレカでしか支払えない。コンビニクレカが使えてよかった。

 

テーマ、知恵

知恵、というとおばあちゃんの知恵袋的なサイトがひっかかってくるけど、本当に必要なのは、アウトプットする知恵。要はブログに書くこと。ブログに書いて、人の役に立てばいい。

 

しかし、自分の課題はどうやってブログの文章を見栄えのするものにするか、という点に。文章量の水増しがうまくいってないのです。

起承転結をしっかり書けば、それほど迷うこともないのでしょうが、それを書けるほど、丁寧さがない。

あるいは、客観視というのが欠けているかも。ブログを読む人に、前提条件を飲んでもらうには、書いてあればいい。書いてないことを推察してもらおうってのは、都合が良すぎる。意図して、読者層をコントロールして、それを発見できる人間だけに読み進んでもらおうとでもしないかぎり、意味がない。敷居を高くして不利益なのは自分です。

 

本題、知恵という言葉が指す輪郭

知恵、というのはフローではないか? と定義してみる。技術革新、という手もあるだろうけど、ボトルネックが発生するとして、上流か下流が最適化されてないなら、新たなボトルネックが発生する。

イデアさえあれば解決するのではないか、というのは間違いで、アイデアを実現する技術は必ず必要になる。

ブログに置ける技術は、アウトプット能力で、それはあくまでも技術で想像力に起因する。あるいは描写力ともいう。論理力、と言いたがる人はいるだろうけど、構造、ハードな面を描写するには論理力が必要だろうけど、それの内面を記述するには、描写力が要る。

描写、というのは、感情移入といってもいい。論理的に感情移入することはできない。感情の作用とは違う気がする。

描写力、といった場合、感情移入している自分を客観視しているイメージがある。

なので、没入とは違うということ。

 

知恵の出し方を書いたところで、それに感情移入してもらわないと、「ああ、なるほど、これを真似すれば自分にもできそうだ」とはならない。理屈、ロジックではない。補助線というか、こういう道筋をたどれば納得してもらえる、というのがある。

 

感情的対立、というのはフローを阻害する。それは、成功体験同士の対立といっていい。ただ、世の中は変化する。

既存勢力を動かすにはただ、「得」だと思わせればいい。

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