ボカロとマイクラが好きな、聴くブログ

ボカロとマイクラが好きな雑記ブログ

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今日は気分がいい

個人的に、処方された薬が合っていて、よく効いているというだけの話。世間で何が起きているか、というのは全く関係ないわけで、過剰反応はイクナイ。

 

ボカロを良く聴いているのだけど、なんか久しぶりに聞いたような気がする。歌詞とかめっちゃ無視するからかなー。途切れ途切れに聞こえる単語に、ピンポイントで情緒を感じたりするのがいいんだけど。

 

懐かしい感じといえば、今書いているブログも、ほとんど忘れかけていたのだけど、薬の影響で、こんなところにも気を配ることができますよアピールといっていいだろうか、そういう感じです。

 

そういえば、疲れて寝る、というのは、そう短時間のサイクルにはならないのはメンタルが強いのがデフォの人が多いからかな。一日に何回も寝ては起きて、を繰り返していたのだけど、どうも、メンタル的に弱っていて、起き続ける意思がなかった、というのが本当のところかもしれない。

 

気づきを得たらブログを書こう、なんていう現実的ではないプランを立てたのはどこのドイツだろう。なんと言おうが、書く。それで、気づきを得たら、書く。得なければごまかす方法を考える。どちらに転んでも、文章力がつく、といいなー。

文章力の鍛え方にフォーカスして、それならこういう訓練法があるよ、というのをみて、実際にやっているのだけど、未だに何かが向上した、という感覚はない。どうも、分量がまだまだ少ないようだ。もっともっと書かなければ。

 

 

ちょっとした、気分転換

書くことがなければ書かない。書かないから書く力が伸びない。伸びないからやる気ない。

まあある話。

 

いろいろなツールを使うのだけど、ツールを使うことに意識が向いて、コンテンツをどうするか、という話にならないのは単に目を背けているだけ。私がそう。

 

どういう話を書いたら、相手が面白がるか。そういう視点で書ける人がうらやま。私は私の道を行く。迷わずいけよ、行けば分かるさ。

 

情報収集して、それをアウトプットする意識がないなら、忘却が当たり前になる。

最近、Twitterを見るだけ見て、振り返らない事が多いが、マリネというより、ただの怠惰のような。

はてブがださい、からの書くのが億劫になったからね。

ちゃんと考えて書く、その基礎ができているだろうか。

 

出川の看板番組(放送事故か事故放送か)

それなりに文章を書くのだけど、それなりはそれなりでしかないという。

何か書きたいことがあって書き始めたわけではないので、なんというか、スルーするのが正解かもしれない。

そういう文章に出会うこと或るでしょ?

 

火事の再現は価値があるか

今しがた、テレビで火事とかの再現実験を見てた。

出川哲朗さんが火災現場に居る絵面がぜんぜん違和感ないのが違和感。

それはともかく、火事。それを一般視聴者に理解させるには? と考えたら、通常のタレントでは吸引力が足りない。

出川哲朗くらい、そういう災害にいても不思議じゃない、っていうか逆に見てみたいくらいの、娯楽として楽しめそうだって思わせる人選はない。

悲劇で喜劇ができる役者っていうのはそういない。

その点、小細工がちょっと滑ってたのがいただけない。

ほんと、一瞬の判断ミスが命につながるってのが、テレビで学習できるってのは良かった。

さて、これは特番だからよかったような気がする。

これを、仮に海外の番組を買い付けて、それを流すとしたら、バラエティの一部に、ダイジェストで流すくらいだろう。実際、そういうのをみたことが或る。

それは、視聴者からしたら、学習効果はあまり期待できないのではないか、臨場感が足りない気がする。

やっぱり、番組まるまる流すくらいの余裕がないとね。

バーターで実験が可能になった土砂崩れ再現実験

これ、単品では番組にならないよね? ってくらい、地味だった。

土砂崩れは、見かけでは変化ないよねーとか言ってたら、崩れた、とかいう、見逃す可能性すらあったという。

火災実験とは違って、セーフ領域が明確ではないので、小さい丘、くらいで再現してたけど、それでも崩れた土砂の総量は100トンとかいう話。あ、ぜんぜん人が入れる余地がないから、絵面も人はなしの状態だった。積極的に状況の変化をタレントが実況してたけど、そういいうアピールしないと、次の仕事につながらないよね、という崖っぷち芸人の悲愴があったから、やっぱりタレント選びは重要。ブレイクして余裕があって、それでいて災害の渦中にいても絵面がいいってなかなかいないんだなっていう。

それにしても、土砂崩れ実験事故、なんてあったのか。過去に。それで研究が遅れて、実際に事故が起きてしまうのだから、小さい失敗(実験)はやるにこしたことはないな、と再確認。

視聴者を信頼しているからできる実験的番組

視聴者に、科学的素養があるか、というのを議論もせず信頼して番組づくりをしてくれたのは、本当にありがたい。

ときには、視聴者を軽くみる傾向のあるテレビだけど、今回はただの実験をそのまま出したのが良かった。

いわゆるブラタモリ系の、学習そのものが楽しいっていうことだろうか。

 

どうするよ、どうもしない

こんばんは、と挨拶しようとして、あけましておめでとうございますだろデコ助野郎、というセリフがでてくるのが正解かは議論の余地があります。

 

scrapboxのすすめ

scrapboxを多用している。

scrapboxとはなんぞや? と思う人はおめでとう、こちら側の人です。

そのなんぞや? を[]で括って、scrapboxに放り込みましょう。

ページ内リンクが充実すれば、そのうち関連性が自然に出てくるでしょう。

  • インデントで箇条書きになるのがとても使い勝手がいいよねっ
  • #でもタグのリンク貼れるのは助かるね
  • 説明できるほど理解はしてないよっ

 

ボカロのscrapboxをやりたい

scrapbox.io

公開のscrapboxで、こういうのを作っている。初音ミクwikiとか、ニコニコ大百科とかある中で、なぜ作ろうとしているのか。

大百科を、ちょっと書いてみたけれど、どうやら更新の止まっている情報がけっこうあるらしい、というのが感覚で分かってきた。

もちろん、記事を作れるほどの技量のある人の確保が難しいのは承知している。しかし、人がいないから、更新できない、あるいは人任せにしていいのか? という問題がある。

あれはボランティアだ。

だからこそ、もっと気を使う必要があるのでは。

ボーカロイドの、記事を作るのを趣味にしたい、という人はかなりの少数派に違いない。

しかし、書いてみたいという衝動がある。それもscrapboxに。そうすると、何が起きるのかを確かめてみたい。

 

何か書こう、思いつかないけど

イクラの話。ピラミッドを作ろうっていう企画を、ずっとやっているのだけど、場所だけは決まっていて、マップは固定ではない、という。しかも、録画してないものだから、もう、同一性がない。

途中までやって、放置しているっていうのが結構ある。しかし、そうしないと、やる気を維持できないという事情がある。

今現在は、掘る作業よりも、機械の開発に重点を置いていて、それもどれだけかけても完成しないような、そんなコストの高い機械を作ってる。確かに一瞬で作れてしまうものはありがたみがないけど、それも限度がある。

替え歌がやばい時

ぼんくらはみんな生きている

生きている権利はあるさ

ぼんくらはみんな生きている

生きているのがむなしいさ

手のひらを返されることが日常

真っ赤なウソでもぼくの日常

おけらだって文無しだってすかんぴんだって

みんなみんな生きているんだ友はいないが

問題意識を書けないのは問題ではないか? という問題意識

トトロだけど。

ブログを書く、それを誰かが読む。

誰かに刺さる文章を書く、というのは大前提だけど、何が刺さるかは分からない。

問題意識(例えば、誰もが批評するようになったが、不寛容との違いが分かっていない人がいるとか)を書けば、刹那的に、問題意識を共感するのだけど、共感するだけで満足して、その問題の背景とかを考えずに、問題意識ごと消費するようになる。

問題の課題は何か? みたいな、一歩先に進む方法を模索するではなく、0から1に意識化、見える化されることで満足、という結果を生むことは多くないか?

既に、タイトルとの差異が出ている気がするけど。

問題を見える化する、というのは大事だけど、それってブログの役割だっけ? とか思ったり。

ブログというインプットだけでは、読者は行動しない。

もし、問題意識があるなら、何か行動に繋がるように対策を考えるのが自然な流れだと思ってたり。

もちろん、見える化自体に価値はある。あるけど、それだけでは消費の対象にされかねない。

行動とは何か? プログラミングだ、というのは飛躍しすぎだけど、行動力もプログラミング能力も持たない自分には定義しにくい。

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