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ボカロとマイクラが好きな雑記ブログ

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出川の看板番組(放送事故か事故放送か)

それなりに文章を書くのだけど、それなりはそれなりでしかないという。

何か書きたいことがあって書き始めたわけではないので、なんというか、スルーするのが正解かもしれない。

そういう文章に出会うこと或るでしょ?

 

火事の再現は価値があるか

今しがた、テレビで火事とかの再現実験を見てた。

出川哲朗さんが火災現場に居る絵面がぜんぜん違和感ないのが違和感。

それはともかく、火事。それを一般視聴者に理解させるには? と考えたら、通常のタレントでは吸引力が足りない。

出川哲朗くらい、そういう災害にいても不思議じゃない、っていうか逆に見てみたいくらいの、娯楽として楽しめそうだって思わせる人選はない。

悲劇で喜劇ができる役者っていうのはそういない。

その点、小細工がちょっと滑ってたのがいただけない。

ほんと、一瞬の判断ミスが命につながるってのが、テレビで学習できるってのは良かった。

さて、これは特番だからよかったような気がする。

これを、仮に海外の番組を買い付けて、それを流すとしたら、バラエティの一部に、ダイジェストで流すくらいだろう。実際、そういうのをみたことが或る。

それは、視聴者からしたら、学習効果はあまり期待できないのではないか、臨場感が足りない気がする。

やっぱり、番組まるまる流すくらいの余裕がないとね。

バーターで実験が可能になった土砂崩れ再現実験

これ、単品では番組にならないよね? ってくらい、地味だった。

土砂崩れは、見かけでは変化ないよねーとか言ってたら、崩れた、とかいう、見逃す可能性すらあったという。

火災実験とは違って、セーフ領域が明確ではないので、小さい丘、くらいで再現してたけど、それでも崩れた土砂の総量は100トンとかいう話。あ、ぜんぜん人が入れる余地がないから、絵面も人はなしの状態だった。積極的に状況の変化をタレントが実況してたけど、そういいうアピールしないと、次の仕事につながらないよね、という崖っぷち芸人の悲愴があったから、やっぱりタレント選びは重要。ブレイクして余裕があって、それでいて災害の渦中にいても絵面がいいってなかなかいないんだなっていう。

それにしても、土砂崩れ実験事故、なんてあったのか。過去に。それで研究が遅れて、実際に事故が起きてしまうのだから、小さい失敗(実験)はやるにこしたことはないな、と再確認。

視聴者を信頼しているからできる実験的番組

視聴者に、科学的素養があるか、というのを議論もせず信頼して番組づくりをしてくれたのは、本当にありがたい。

ときには、視聴者を軽くみる傾向のあるテレビだけど、今回はただの実験をそのまま出したのが良かった。

いわゆるブラタモリ系の、学習そのものが楽しいっていうことだろうか。

 

どうするよ、どうもしない

こんばんは、と挨拶しようとして、あけましておめでとうございますだろデコ助野郎、というセリフがでてくるのが正解かは議論の余地があります。

 

scrapboxのすすめ

scrapboxを多用している。

scrapboxとはなんぞや? と思う人はおめでとう、こちら側の人です。

そのなんぞや? を[]で括って、scrapboxに放り込みましょう。

ページ内リンクが充実すれば、そのうち関連性が自然に出てくるでしょう。

  • インデントで箇条書きになるのがとても使い勝手がいいよねっ
  • #でもタグのリンク貼れるのは助かるね
  • 説明できるほど理解はしてないよっ

 

ボカロのscrapboxをやりたい

scrapbox.io

公開のscrapboxで、こういうのを作っている。初音ミクwikiとか、ニコニコ大百科とかある中で、なぜ作ろうとしているのか。

大百科を、ちょっと書いてみたけれど、どうやら更新の止まっている情報がけっこうあるらしい、というのが感覚で分かってきた。

もちろん、記事を作れるほどの技量のある人の確保が難しいのは承知している。しかし、人がいないから、更新できない、あるいは人任せにしていいのか? という問題がある。

あれはボランティアだ。

だからこそ、もっと気を使う必要があるのでは。

ボーカロイドの、記事を作るのを趣味にしたい、という人はかなりの少数派に違いない。

しかし、書いてみたいという衝動がある。それもscrapboxに。そうすると、何が起きるのかを確かめてみたい。

 

何か書こう、思いつかないけど

イクラの話。ピラミッドを作ろうっていう企画を、ずっとやっているのだけど、場所だけは決まっていて、マップは固定ではない、という。しかも、録画してないものだから、もう、同一性がない。

途中までやって、放置しているっていうのが結構ある。しかし、そうしないと、やる気を維持できないという事情がある。

今現在は、掘る作業よりも、機械の開発に重点を置いていて、それもどれだけかけても完成しないような、そんなコストの高い機械を作ってる。確かに一瞬で作れてしまうものはありがたみがないけど、それも限度がある。

替え歌がやばい時

ぼんくらはみんな生きている

生きている権利はあるさ

ぼんくらはみんな生きている

生きているのがむなしいさ

手のひらを返されることが日常

真っ赤なウソでもぼくの日常

おけらだって文無しだってすかんぴんだって

みんなみんな生きているんだ友はいないが

問題意識を書けないのは問題ではないか? という問題意識

トトロだけど。

ブログを書く、それを誰かが読む。

誰かに刺さる文章を書く、というのは大前提だけど、何が刺さるかは分からない。

問題意識(例えば、誰もが批評するようになったが、不寛容との違いが分かっていない人がいるとか)を書けば、刹那的に、問題意識を共感するのだけど、共感するだけで満足して、その問題の背景とかを考えずに、問題意識ごと消費するようになる。

問題の課題は何か? みたいな、一歩先に進む方法を模索するではなく、0から1に意識化、見える化されることで満足、という結果を生むことは多くないか?

既に、タイトルとの差異が出ている気がするけど。

問題を見える化する、というのは大事だけど、それってブログの役割だっけ? とか思ったり。

ブログというインプットだけでは、読者は行動しない。

もし、問題意識があるなら、何か行動に繋がるように対策を考えるのが自然な流れだと思ってたり。

もちろん、見える化自体に価値はある。あるけど、それだけでは消費の対象にされかねない。

行動とは何か? プログラミングだ、というのは飛躍しすぎだけど、行動力もプログラミング能力も持たない自分には定義しにくい。

たまたま本を読んでいた、なんてない。

ちょうど読んでいた本にインスパイアされて、みたいな下りがあったら疑う。

それってバイアスかかってない? みたいな。

普通の人は本を読んでいない、みたいな。

 

たまたま見た映画で、みたいなことも、同様。

映画は、興業。価値があるものしか残らない。

価値のあるものをみて、ああ、価値に気付いた! って。

 

将来のために、何か種まきをする、というのを、心がけるかどうか、というのはある。

そういう仕組み(読書をする)を仕込んでいるから、たまたまプラスになることがあった、みたいに言える。

 

思考を言葉にするのは、慣れない

目的に寄るのだろうけど、思考を言語化するのは難しい。

ちょっとした気づきを言葉にするには、当然前もって気付いている必要がある。

しかし、このブログでは、たいていの場合は書いている最中に気付いている、ことが多々ある。

動的な思考が、言語化する価値のある文章を生み出すことがある。

もちろん、そうでない駄文もある。それはそれ、よそはよそ。

 

文章を書くことを生業としているのではないから、そこまでこだわらなくてもいいかもしれないが、文章には多少の自信があったりする。多少。

 

俳句のように、17音に意味を込めるのとは違い、多数の音数をかけてもいいのだから、思考を書く、というのにこだわるのなら、大量に書くのがいい。

しかし、書くのは、手癖というのが出てくる。また、同じような文章を書いた、みたいな、間の抜けた文章を読ませることもあるかもしれない。

まあ、たいていの人にとって、この文章は価値がない。

読んでもらえるか、分からない。

読まれなくても良い、という一種の逃避が、心の安寧には役に立つこともある。

 

何が役に立つか、というと、トライアンドエラーが一番役に立つ。試行錯誤、は錯誤がなじみがない。エラー含みのトライが許容されている、という環境こそが価値がある。

 

つまり、下手なことを書いても『ごめーんちゃい』って言えば許してもらえるような状態がいい。

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